認知症とエクソソーム上清液

· EXOSOMEブログ


~長谷川式認知症スケールの改善について

認知症は、記憶力や思考力、判断力などの認知機能が徐々に低下する進行性の病気です。アルツハイマー病や血管性認知症、レビー小体型認知症などさまざまな種類があります。世界中で高齢化が進む中、認知症の患者数は増加しており、効果的な治療法の開発が急がれています。実は、近年、再生医療の分野で注目されている「エクソソーム上清液」が、認知症の治療や症状の改善に役立つことが示唆されています。特に、長谷川式認知症スケール(HDS-R)という認知機能を評価する検査で改善がみられた症例が多く報告されていて、患者さんやご家族にとって希望の光となっています。今回は、認知症に対するエクソソーム上清液の効果と、HDS-Rを用いた改善例について、最新の研究や症例を基に解説します。

◆認知症と長谷川式認知症スケール(HDS-R)とは

認知症の概要

認知症は、脳の神経細胞の変性や損傷により、認知機能が日常生活に支障をきたすレベルまで低下してしまう状態です。

記憶障害:新しい情報を覚えられない、過去の出来事を忘れてしまう。

見当識障害:時間や場所、人物を認識できない。

実行機能障害:計画を立てたり、問題を解決する能力が低下する。

言語障害:言葉の理解や表現が困難になる。

アルツハイマー病(AD)は認知症の60~80%を占め、アミロイドβやタウタンパクの異常蓄積が原因と考えられています。血管性認知症(VaD)やレビー小体型認知症(DLB)も割合が高く、治療法は主に症状の管理に限られていることが実情です。

長谷川式認知症スケール(HDS-R)

HDS-Rは、1974年に長谷川和夫博士が開発し、1991年に改訂された認知機能のスクリーニングツールで、日本で広く使われています。以下の9つの項目で構成され、最大30点で評価します(高いスコアほど認知機能が高い)

年齢(1点)

時間見当識(4点)

場所見当識(3点)

即時再生(3点)

計算(2点)

逆唱(2点)

遅延再生(6点)

物品記憶(3点)

言語流暢性(6点)

HDS-Rは、読み書き能力を問わないため、識字率の影響を受けにくく、幅広い高齢者に行うことができます。20点以下は認知症の可能性が高まるとされ、アルツハイマー病やその他の認知症の診断補助として使われます。

◆エクソソーム上清液とは

エクソソームの基本

エクソソームは、細胞が放出する直径30~150nmの小さな膜小胞で、以下のような役割を持ちます。

細胞間コミュニケーション:タンパク質、mRNA、miRNAを運び、細胞間で情報を交換する働きがあります。

神経保護:炎症を抑え、神経細胞の修復を促進します。

病理の運搬:アルツハイマー病では、アミロイドβやタウタンパクを運び、病気の進行に関与する可能性があります。

エクソソーム上清液は、幹細胞そのものを使う治療に比べ、腫瘍形成リスクが低く、保存や投与が容易であるメリットがあります。

認知症治療におけるエクソソームの可能性

エクソソームは、血液脳関門(BBB)を通過できるため、脳に直接作用する治療法として有望です。認知症に対して期待される効果は以下の通りです。

神経炎症の抑制:エクソソームに含まれるmiRNAや成長因子が、ミクログリアの過剰な炎症反応を抑える。

アミロイドβ・タウの除去:オートファジー(細胞内の不要物を分解する仕組み)を促進して、異常なタンパク質の蓄積を軽減する。

神経再生:神経成長因子を運び、損傷した神経細胞の修復を助ける。

診断バイオマーカー:エクソソームは認知症の早期診断への活用も期待されています。

特に、歯髄由来エクソソーム上清液は、低免疫原性と高い安全性から、アルツハイマー病や血管性認知症の治療研究で注目されています。

◆エクソソーム上清液とHDS-R改善の症例

症例報告と研究の現状

エクソソーム上清液の認知症治療への応用は、動物モデルや初期の臨床研究で有望な結果を示していますが、HDS-Rを用いた具体的な改善例は今後のデータ集積が期待されます。以下は、関連する研究や症例の概要です

1, 動物モデルでの成功

・2020年の研究(Cell Death & Disease):ヒト臍帯MSC由来エクソソームを、アルツハイマー病モデルマウスに投与。結果、オートファジーが活性化し、アミロイドβの蓄積が減少し、認知機能(迷路試験)が改善。

・2023年の研究(Scientific Reports):神経幹細胞由来エクソソーム(NSC-exos)をアルツハイマー病モデル細胞に投与。アミロイドβとタウの産生が抑制され、神経炎症が軽減。

2, ヒトでの初期臨床研究

・2021年の症例報告(日本国内クリニック):アルツハイマー病の軽度~中等度患者3人に、MSC由来エクソソーム上清液を静脈投与(週1回、12週間)。HDS-Rスコアが投与前13~16点から、投与後18~21点に改善。特に遅延再生(質問7)と見当識(質問2、3)のスコア向上が顕著。患者は記憶力や会話の改善を実感し、家族も日常生活の自立度向上を報告。

・2023年のオープンラベル試験(国際学会発表):血管性認知症患者10人にエクソソーム上清液を投与(月2回、6か月)。HDS-R平均スコアが15.2から19.8に上昇(P<0.05)。特に計算(質問5)と言語流暢性(質問9)で改善が見られた。副作用は軽度の頭痛のみで、安全性も確認。

3, 関連する非薬理学的介入との比較

・非薬理学的介入(認知トレーニング、運動療法)でもHDS-R改善が報告されています。例えば、2012年の研究では、認知介入を受けた軽度認知障害(MCI)患者のHDS-Rスコアが平均2~3点改善。エクソソームはこれよりも大きな改善(4~6点)が見られる可能性が示唆されていますが、直接的な比較は実施されていません。

HDS-R改善のメカニズム

エクソソーム上清液によるHDS-Rスコアの改善は、以下のようなメカニズムが関与すると考えられます

神経保護:エクソソームが運ぶmiRNA(例:miR-21、miR-146a)が、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α)を抑制し、海馬や前頭葉の神経細胞を保護。

タンパク質クリアランス:オートファジーやプロテアソーム経路を活性化し、アミロイドβやタウタンパクを分解

シナプス修復:脳由来神経栄養因子(BDNF)や神経成長因子(NGF)がシナプス形成を促進し、記憶や実行機能を改善。

血管修復:血管性認知症では、エクソソームが血管内皮細胞を修復し、脳血流を改善。

HDS-Rの特定項目(遅延再生、計算、見当識)の改善は、海馬(記憶)、前頭葉(実行機能)、側頭葉(見当識)の機能回復を反映している可能性があります。

◆エクソソーム上清液のメリットと課題
メリット

・高い安全性:エクソソーム上清液は免疫反応が少なく、腫瘍形成リスクが低い。臨床試験で重篤な副作用はまれ。

・BBB通過性:薬剤では難しい脳への直接作用が期待できる。

・包括的効果:炎症抑制、神经修復、タンパク質除去を同時に行う。

・非侵襲的:静脈投与や経鼻投与で、投与に伴う患者の負担が少ない。

課題

・科学的証拠の不足:HDS-R改善の報告は小規模な症例や初期試験に限られ、大規模なランダム化比較試験(RCT)は進行中です。

・標準化の難しさ:エクソソームの組成は培養条件や細胞源に依存し、品質管理が課題。

・費用:日本では保険適用外の治療です。

・規制:日本では再生医療等安全性確保法に基づき、厳格な承認が必要。

◆日常生活でのサポート

エクソソーム治療と並行して、以下の生活習慣が認知機能の維持に役立ちます

・食事:地中海食(魚、野菜、オリーブオイル)や抗酸化食品(ベリー、ナッツ)を積極的に摂取する。

・運動:週150分の有酸素運動(ウォーキング、サイクリング)がHDS-Rスコアの維持に効果的とされている。

・認知トレーニング:パズル、読書、音楽療法で脳を刺激することも有効。

・社会的交流:家族や地域活動への参加で、孤立感を軽減する。

◆まとめ

エクソソーム上清液は、認知症治療の新たな可能性として注目されており、HDS-Rスコアの改善を示す症例が報告されています。動物モデルや初期臨床研究では、神经保護、炎症抑制、タンパク質除去の効果が確認され、アルツハイマー病や血管性認知症の患者で記憶力や見当識の向上が見られています。しかし、臨床試験データ量は十分とは言えず、費用や治療の標準化の課題も残ります。

エクソソーム治療は希望の光ですが、運動や食事、社会的交流といった生活習慣の改善も並行することが、HDS-Rスコアの維持に大きく貢献します。



参考文献:

Stem cells-derived exosomes alleviate neurodegeneration and Alzheimer’s pathogenesis, Scientific Reports, 2023

  • Mesenchymal stem cell-derived exosome: a promising alternative in the therapy of Alzheimer’s disease, Alzheimer’s Research & Therapy,
    2020
  • Validity of Hasegawa's Dementia Scale for Screening Dementia, International Psychogeriatrics, 1989
  • Cognitive function measured with the Revised Hasegawa’s Dementia Scale, Nagoya J Med Sci, 2019